東京高等裁判所 昭和53年(う)905号 判決
被告人 島川淳
〔抄 録〕
所論は、原審においては弁護人が選任されないまま審理され、判決が言渡されているが、本件は全面的な否認事件であるうえ、被告人が法律の素養のない若年者であることを考慮すれば、刑訴法三七条五号にいう「その他必要と認めるとき」に該当し、原裁判所は職権で弁護人を附すべきであったのに、これを附さなかった原審の措置は判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反にあたる、というのである。
そこで、一件記録に当審における事実取調の結果をあわせて検討すると、本件はいわゆる必要的弁護事件にあたらないのみならず、被告人は、かって国立大学に在学し、高等教育を受けた経歴を有し、その年齢も、原審公判当時既に二五歳に達した心身に格別著しい欠陥の窺えない成年の男子であり、数年前から家庭を離れて上京し、マルクス主義青年同盟(以下単にマル青同と称する。)なる政治組織の一員として、政治活動に従事しているもので、これ迄にも法廷で審理を受けた経験を持つことや、原審裁判所の弁護人選任に関する照会に対し、書面をもって、「弁護人なしで公判を闘う方針でありますので、国選弁護人の選任はいりませんから、すみやかに公判を開始して下さい。本件は弁護人なしでも公判を開始できる事件と確認しております。」と申し立て、原審裁判所に対し、むしろ国選弁護人を選任しないよう積極的に要請さえしていることが認められることのほか、事案の内容も被告人が駅助役の顔面を一回殴打して同人の公務の執行を妨害したか否かという、単純なものであること等を考慮すると、原審が、被告人に十分な防禦の能力があると判断し、その意思に反してまで国選弁護人を附する必要はないものと認め、刑訴法三七条五号によりこれを附することなく本件の審理、判決をしたのは相当であって、被告人に法律学の素養がないとか、否認事件であるからといって、右措置を違法とすべきいわれはなく、論旨は理由がない。
(四ツ谷 杉浦 阿蘇)